tokyo running days

A marathoner / newbie triathlete's training blog.

Friday, February 3

大阪国際。いかに走り、いかに撃沈したか。

こんなに時間が経っちゃいました。忙しかったから、というのは言い訳で、失敗レースの詳報は、気が乗らなくてついつい先延ばしになっていた。

今回のレース、タイムだけを見ればセカンドベストで、去年の荒川より2分速かった。しかし、荒川は成功レース(大成功ではないが)、今回の大阪は明らかに失敗レース。マラソンの成否は、タイムだけではジャッジできないんだなー。

では何をもって失敗なのか?それはレース展開。今回は、こんな感じで撃沈していったのであります。

0-10km
遅くてもキロ4分半、あわよくば4分25秒で走る、という目標のもとスタート。走ってみると、4分30秒がいいところ。少し上げたつもりでも4分27秒が精一杯。それでもまあまあ、無理のないペースで走れている。

10-20km
4分半ペースの集団がかなり大きくなっている。前の方に好子さんも見える。15kmの給水所地点あたりで集団先頭に(私は給水しなかったため)。そのまま4分半を守ってひたすら走っていると、やがて先頭集団とすれ違う。ヌデレバは、先頭から500m近く遅れている。調子悪いのだろうか?大丈夫なのか?「キャサリーン」と声援を送る。

20-25km
ハーフポイントにさしかかる。調子がいいときは「もうハーフ?」と思うのだが、この日は「まだハーフ…」という感じ。身体も重くなってきて、早くも気持ちも途切れがち。4分40秒、4分45秒…と、見る見るタイムが落ちてくる。なぜだかわからない。PBは多分もう無理だな。

25-30km
30km手前なのにこの辛さはなんなのだ!大阪国際名物、アップダウンがあってくねくねカーブする大阪城内コースでますます消耗。前に神宮ACの春ちゃんが見える。折り返し地点では、私よりはるか前を快調に走っていたのに、今は私よりさらにつらそう。「春ちゃん!」と声をかけたら「私もう、やめる」と春ちゃん。ああ、私もやめたい。さとひの声援を受け、「がんばらねば」と気を取り直す。

30-35km
30kmで頼みの綱のスペシャルドリンクを取りそこなう。もっとちゃんと印をつけとかないとダメなのね。ポケットに入れていた虎の子のGuジェルを少しずつ摂取。バニラの甘さが心地いい。バテている証拠。もうこの時点でよれよれ。後ろから何人に抜かれたかわからない。好子さんも私を追い越していった。ついていく気力もなし。周囲にいる、私と同じように撃沈しつつもなんとかゴールをめざす人々と共に、「止まりたい」という気持ちと闘いながらのろのろと前進。

35-40km
35kmではなんとかスペシャルを取れた。中身ははちみつ水。水分ではなく糖分補給が目的だ。もうこの辺になると、辛い状態にも身体が慣れてきているのがわかる。PBとか、3時間15分切りとかいう邪念もすっかりなくなって、のろいながらも安定したペースで前進。「絶対ゴールしてやる!」という気持ちになってきた。よろけながらもファイティングポーズをとるボクサー状態。残り4km地点あたりから、少し元気も出てきた。多分糖分が身体にまわったからなのだろう。少々ペースアップ(したつもり)。何人かを抜くも、左ハムストリングが痙攣。うえ~ん、こんなこと今まで一度もなかったよ~。立ち止まってストレッチ。すかさず審判員が「もうやめますか?」。きっぱりと大声でお返事。「やめませんっっ!!」。ちくしょー、ここでやめてたまるか。なんとしてでもゴールしてやる!

40-finish
再び痙攣が起きないように、そーっとそーっと走る。しかし、気持ちは前へ前へ。あと2km地点からまたペースを上げてみる。脚はなんとか持ちそうだ。あと何人か抜いてやれ。トラックに帰って来た。あと300mメートル。ずっと一緒に走ってきた人が、後ろから虎視眈々と私を抜こうとしているのがわかる。そうはさせじと私もダッシュだ。結局最後の100mで3人を抜いてゴール。

とまあ、行程の半分から先はどんどん沈んでいくばかりのつら~いレースとなってしまったわけだ。最終的にゴールまでたどり着いたのは奇跡に近いな。あー、競技場に帰ってこれてよかった、ほんと。2004年の東京から、少しは成長したと思うことにしようっと。

好子さんは3時間14分ちょっとでゴール。きっちり15分切りでゴールするあたり、さすがだ!東京国際では40km関門を抜けられなかったさかがみさんは、今回は快調に走りきり、3時間13分ちょっとでゴール。春ちゃんは残念ながら27kmでリタイアとなっていた。ハーフを走ったさとひは、痛い膝をかかえながらも8分更新のPB。本当に伸び盛りだ。

走り終え、銭湯で汗を流してから千里阪急ホテルでのさよならパーティーに参加。短時間ながらも、何人かの人たちと話をし、私はまだまだだなあと実感し、ヌデレバと記念写真を撮ってから空港へ。

レースそのものは不本意な出来だったけど、初めての国際レース、いろいろ貴重な体験ができてよかった。次はもっと、誇れるようなレースをしたいと思う。

Osaka, how I ran and how I sank.

I know I should have written this sooner, but I have been reluctant to write about my failure race. Here I tell you how I ran, how I sank and how I fought.

0-20km
I could manage to keep my target pace 4:30/km until the halfway point, but it wasn't as easy as Tokyo.

20-25km
After passing the 1/2 point, I started to slow down litte by little, didn't know why. My 1km lap time showed 4:35, 4:39, 4:45, 4:59....then I stopped timing every 1km. I don't want to bother anymore! All I knew was that it's too early to start struggling. There was something wrong with me, but didn't know what to do.

25-30km
I reached notorious Osaka castle part starting from 27km. It was hilly, twisty and energy sapping more than I heard, perhaps because I was already exhausted enough. After that, I just kept moving my legs and fighting against the wish to stop right away.

30-38km
Agony continued, but gradually my body got used to the hardship. I was still slow, but stable.

38-40km
Thanks to the Gu Gel, or maybe the special drink (just honey and water) I sipped at 35km point, a little energy came back to my body and I started to push a little bit harder. After I managed to pass several people, I got a cramp at my left ham string. Damn! I never had this before during the race. What should I do? I stopped and did some stretching for a while, then a judge man with a white hat asked me "Do you want to pull out?" Of course NOT! I answered him loud, almost yelled at him "No I don't!". I was like a beaten boxer who still tries to make a fighting pose.

40-finish
Somehow I got energized by the event above, and started pushing again. I could even race against other runners at the track and passed 3 people at the last 100m. Maybe this was the brightest part of the race.

All in all, it was strange race experience, but I would say, I am glad that I could complete the race. When I started to slow down, I thought it could become like Tokyo 2004 (I got cut off at 34km point, I thought I have got over the trauma but nevertheless), but this time, at least I could survive throughout 42.195km.

Another bright event, Satohi and I managed to take a picture with Catherine Ndereba. She was so pretty!

3 Comments:

At February 06, 2006, Anonymous Anonymous said...

ラップを見ると辛そうなのは30k以降ですが、最期の2kを頑張れるのはさすが、ど根性。
神宮ACの春ちゃんは途中経過をネットで見ていて、すごいと思っていたらいなくなった。そんなことがあったんですね。

青梅は出ますか?
青梅のあと韓国料理屋の「土地」へ行きましせんか!あくびさんと計画しています。

今日の神奈川はネットタイム1:30:56でとりあえずPB。シバさんが27分切ったかどうかで爆走して行った。みなさん好記録でした。

 
At February 06, 2006, Blogger mika t. said...

おおお!1時間30分台が出ましたか!すごい!相当好調なんですね。青梅も期待できそうですね。

噂の「土地」、すごく行ってみたいんですが、南蛮連合10数名をオーガナイズしてしまった手前、終わった後の食事もオーガナイズすべきかなと思っていて、そうなると、「土地」は難しいかも。。。入れないよね、そんなに。

 
At February 06, 2006, Anonymous Anonymous said...

おそらく「土地」のキャッパシティは25人ぐらいじゃないかな。座敷にテーブルが6卓ぐらいかな?、それと椅子&テーブルが1つ6人がけ。
外人さんに韓国料理があうかどうかわからないけど、雰囲気は小洒落てはいないから、反対にそれが案外受けるかも、デープな東京ってことで。
大久保の銭湯に寄ってから食事に行くことをブログ仲間のほうには私は進めます。
30k走るとケッコウ塩だらけになっているので、なかなか良いんじゃありません?

 

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